創立75年、日本のインフラ整備を戦後復興の時代から支えてきたパシフィックコンサルタンツは2026年1月、ホールディングス体制へ移行した。大本修社長に新体制への覚悟を聞く。

道路や橋梁、トンネル、上下水道から都市開発。生活基盤を支えるインフラをつくるのは表面的にはゼネコンの仕事として見られることが多いが、どこに、どんなインフラをつくるのかを計画し、設計するプロフェッショナルも存在する。
国や自治体などを主な顧客とし、インフラ整備のための調査、計画、設計、施工管理を行う「建設コンサルタント」は、市民にとってはインフラの完成後や建設中であっても意識される機会が少ない、いわば"裏方の裏方"。パシフィックコンサルタンツはその専門家集団だ。インフラの設計のみならず、地域運営や、DXソリューションにも注力し、社会インフラサービス事業を主軸に展開してきた同社は、2026年1月、ホールディングス会社を設立した。
大本修(以下、大本)は、22年からパシフィックコンサルタンツ社長として事業のかじ取りをしてきた。新体制移行の理由は「従来の事業形態では、限界が来ている」から。「インフラをめぐる問題は、かつてなく複雑かつ広域なものとなっている」と大本は続ける。
"複雑化する社会課題への対応"は、業界を問わず、多くの企業が掲げるメッセージではあるが、インフラを起点に社会資本整備そのものに携わる同社にとっては、より切迫しているといえる。
国内のインフラを巡っては、現在その老朽化対応の議論が活発だ。日本のインフラの大部分は戦後から1970年代の高度経済成長期後期にかけて本格整備された。インフラの耐用年数が一般に約50年とされるなかで、まさに現在が、多くのインフラがその耐用年数を迎えるころなのだ。
25年1月埼玉県八潮市では、トラック運転手の男性が亡くなる大規模な道路陥没事故があり、その原因は老朽化した下水道の破損。事故は、インフラ劣化の問題が人命にかかるものであることを社会に突きつけた。
さらに、こうした同時多発的な劣化対応の問題とは別に、気候変動による災害の激甚化や人口減少といった事象を勘定に入れると、インフラを含む社会資本の整備は、単に土木技術の高水準化によって応じる域を超えた高度な社会課題である、というのが大本の考えにあるのだ。
高度化する社会課題にどう応じるのか。体制変更の意図よりも前に、大本はかみ締めるようにこう口にした。「インフラというのは本来、人々を豊かにし便利にするためにつくるものです」。当然のことだがと続ける大本は気恥ずかしさを滲ませるが、言葉は腹が据わっていた。というのも、これは自身の被災経験に裏打ちされているからである。1995年、戦後初とされる大都市直下型地震、阪神・淡路大震災でのことだ。
くらしを支えるインフラが「命を奪ってはいけない」
1月17日午前5時46分、大本は兵庫県神戸市の自宅マンションで地震に遭遇した。
「ジェットコースターでガーッと下りるような強烈な揺れでした。子どもたちに覆いかぶさって必死に守ったことだけは覚えています。一瞬の出来事でした」
がくぜんとしたというのが、発災直後にテレビで目にした阪神高速道路が倒壊した映像だったという。当時、専門家がテレビで語った、想定よりも大きな地震が来たから倒れたのだという解説に、大本は強い無念さを感じた。
愛媛に生まれ、京都大学で耐震工学を学んだ大本は、大手ゼネコンに就職してからも技術研究開発などで腕を磨き、技術者畑をひた歩んできた。そうした経験が覆るような映像だったのだ。
「過去の経験から想定してインフラを設計したのでしょうが、くらしを支える基盤であるインフラが崩壊し、人の命を奪ってしまってはならないと強く感じたのです」
発災から1週間後には、会社の後輩と被害に遭った街の様子を見て回った。火災で焼け野原となった街は、「戦後はきっとこうだったと思わせる光景」だった。その後、鉄道高架橋復旧の仕事にかかわるなかで、インフラの復旧がもたらすインパクトも身をもって実感した。
ゼネコンが施工するよりも前、設計段階から仕事をすべきだ――。一連の被災体験から、大本はパシフィックコンサルタンツへの入社を決めた。以降、大阪・関西万博の会場となった夢洲へのアクセストンネルなど数々のプロジェクトに携わった後、九州支社長などを経て、会社のトップへと歩みを進めてきた。

想定外に備え続ける新体制。強みは「合意をつくる力」
未曽有の災害をどう想定し、生活基盤や人の命を守るか。そのために、インフラはどうあるべきか。
「ホールディングス化の大きな目的は、より高度で戦略的なポートフォリオマネジメントです」と大本は力を込める。
パシフィックコンサルタンツの傘下にある国内建設コンサルティング事業や海外事業など7領域で14の事業会社を一挙に束ね、高度な戦略設計に乗り出す。グループ全体では2028年までの中期経営計画を策定。主たる建設コンサルティング領域では、より上流の構想段階から与件に自ら着手できるような構想力と実装力双方の強化を掲げる。
テクノロジーへの投資も惜しまない。「先端技術センター」を立ち上げ、AIによるインフラマネジメントやSAR衛星(合成開口レーダー)を用いた広域監視など、デジタルの実装力強化も重要なピースに位置付けられている。海外展開を強化するための国際事業会社の設立準備も同時に進める。
社会課題が多様な領域にまたがるようになっただけ、課題解決の議論のテーブルにはより多くのステークホルダーが集うことになる。大本は、これまで多様な専門家や委員会の意見を調整する建設コンサルタントが磨き続けてきた「合意形成力」を発揮することを強調する。カーボンニュートラルへの対応など「さまざまな領域で民間企業との共創を強めたい」と、大本は話す。
大本の座右の銘は「着眼大局、着手小局」。局面のとらえようは、現場重視、細部を軽んじないのが大本流といえる。九州支社長時代には、支社員200人以上と自ら顔を突き合わせて対話を重ねて状況把握に努めた。
その大本が"大局"として見据え、また社の存在意義とするのは、世界中の誰もが脅かされない格差がない豊かなくらしの実現と、すべての生命の源である美しい地球環境を守り、未来へ引き継ぐことである。これは75年前の創立当初からその実現が目指された未来観でもある。
そもそも、パシフィックコンサルタンツは終戦後、日本復興のためにとダム建設による水力発電開発に奔走した、日米の技術者たちによってつくられた技術会社を前身とする。混乱期のなかでも復興後の姿を思い描くことで、日本の土木技術と米国のコンサルティングが出合い、現在まで続くビジネスが生まれた。グループのビジョン「未来をプロデュースする」とは、まさに創業者たちの意志だったとも言えるのだ。
高難度化する社会課題に応じるための新体制移行は、大本が着手する"小局"としての確かな一手であり、新たな門出だ。
「前年踏襲で同じシステムのなかで同じことを繰り返していてはいけないのです。未来を想像して備え、やるべきことをやる。それが私たちの役割です」(大本)
Forbes JAPAN BrandVoice 2026年 5月 25日掲載記事より転載
text by Forbes JAPAN | photographs by Shuji Goto